養育費調停を2回して得た答え

調停

養育費調停を2回して得た答え

離婚後の養育費調停は、準備万端で臨んだとはいえ、想像以上に精神力を試されるものでした。
2回の調停の中で見た元夫の本音、そして最後に私が出した決断――。

今回は「調停をしたけれど、養育費を得られなかった」という実体験を通じて、心の整理と今後に向けた覚悟、そして同じような状況で悩む方へ私の体験を綴ります。

提出された所得証明書に驚愕

養育費は「払わない」の一点張り

2回にわたる養育費調停。
元夫の主張は、最初から最後まで一貫していました。

「養育費は払わない」

普段から娘たちには、
「パパは海外旅行に行くんだ」
「ブラックカード持ってるんだよ」
「パパはお金持ちなんだ」
と豪語していたその彼が、調停で堂々と提出してきた所得証明書の金額は、年間70万円

その紙を見た瞬間、怒りよりも、呆れと哀れみがこみ上げてきました。
自営業はある程度所得を調整できるとは聞いていたけれど――まさかここまでとは。

でも、本当に衝撃だったのは、お金の額よりも彼の「親としての気持ちが一切見えなかった」こと

「少しでも払う意思を見せよう」とする親としての責任ある姿勢は微塵も無く、子どもたちの存在を軽く扱っているようにしか感じられませんでした。

そのとき私は、心の奥で静かに悟ったのです。

「この人と“話し合い”を続ける意味は、もうない」

関係のない話で私を責め続ける彼

調停の場では、養育費の話とは無関係な、私の過去や性格のことを一方的に話し続ける元夫。さらに、「面会を希望しているのに、母親(私)が邪魔している」といった、事実とは異なる主張までしてきました。

その姿に、私はこう思いました。

「これ以上、有休も体力も、彼のために使うのはやめよう」

調停は娘たちのための場。でもそこにいた彼は、自分の正当性だけを主張し、子どもたちのことなんて見ていないように感じました。

調停取り下げの決意

最後に調停員から聞いた、彼の言葉

取り下げると決めても、家庭裁判所には足を運ぶ必要がありました。取り下げるという書面に署名して、相手の同意が得られたら帰ります。取り下げるだけとは言っても、これまでの調停で心身ともに疲弊し、友人に待合室まで付き添ってもらいました。

調停の取り下げを決めた私の行動に、彼はかなり驚いていたそうです。調停員から聞いた話では、「きっと彼女は何かを企んでいる」と疑っていたとか。

そして彼は、こう言い残して帰っていったそうです。

娘たちが大きくなったら、母親を嫌いにさせてやる
面会させない母親を訴えてやるから、覚悟してろ

――これが、彼の調停での最後の言葉でした。

悔しさ、恐怖、悲しさ、情けなさ……
いろんな感情が一気に押し寄せて、自然と涙があふれてきました。

でも、同時にそばで静かに待っていてくれた友人の存在に救われたこと、そんなふうに支えられている自分は「とても幸せだな」って感じました。

そしてなにより、心の底からこう思えた自分がいたんです。

私はもう、彼に何ひとつ期待していない。これからは、私と娘たちの幸せのために前を向いて生きていく

その瞬間、ずっと降り続いていた雨がふと止んで、空に虹がかかるように――
心の中が、すーっと晴れていくような清々しさに包まれました。

「復讐のために子どもを利用する親」と向き合う覚悟

よく言われるように、「ナルシストは、元パートナーへの復讐のために子どもを利用する」という言葉。彼の言動を振り返ると、それはまさにその通りだと感じます。

でも、私が立ち向かうべき相手は、彼ではありません。私が向き合うべきなのは、今を生きる娘たち

彼女たちとしっかりと向き合い、心を通わせながら、最善だと思える環境と教育を整えてあげること。そして、彼女たちがまっすぐに大人へと成長していく姿を、そばで見守ること。

それが、今の私にできること。そして、私が母として果たしていきたい大切な役割です。

この記事を読んでくれたあなたへ

同じように調停を経験している方、今まさに不安の中にいる方。
あなたはひとりじゃありません。

辛い経験の中にも、必ず光はあります。自分の人生を、誰かに振り回される必要はありません。
あなたと、お子さんの幸せのために、今日を一歩前進の日にしてほしいと願っています。

どんなに彼が横から吠えようとも、私は堂々と前を向いて進みます。自分の人生を、自分の幸せを、自分の足で歩いていくと決めたから。娘たちとともに成長し、未来を育てていく。

調停という雨のような時間が終わり、そのあとにかかった虹のような清々しさを、私は一生忘れません。

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